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チケットを握りしめて

元アンチが3rdテニミュドハマりして今に至ります

わたしにとっての初代である8代目へ

  8代目の皆さん、ご卒業おめでとうございます。

  氷帝公演、縦断イベント、そしてPP。短期間でたくさんのこと、お疲れ様でした。
わたしは、この慌ただしくもしあわせな日々の終わりに、急な夏の終わりと共に秋を感じました。わたしのこころも、季節も、そして彼らも、つぎへ進むんだなあとじわーっと思いながらいま書いています。といってもこれ、卒業次の日に書いたりしたんですけど書き足したり消したりを繰り返すうちに、わたしのなかでまとまらなくなっていきました。言葉にできなかった。そんなことをしているうちに、書き始めから大分時間が経ってしまいました。もう10月後半です。

 

  いろいろ思ったりしたけど、考えるより思うことでいっぱいになってちっとも文字にできませんでした。思ったことを考えて、文字にするってむずかしいね。気持ちにぴたっと当てはまる言葉が頭に入ってないせいで、彼らから受け取った色んなものを言葉にできないのがちょっと悔しいなあって思う。
  でもそのままにしちゃったら、勿体ないほどにしあわせだったから、拙いながらに文字にしてみらいのわたしの生きる糧になればいいなって思います。


  青学vs氷帝 凱旋公演 ほんとうに素晴らしくて、あつくて、心の底から楽しくてしあわせな4日間でした。あの水道橋駅を降り続けた日々は、東京公演に仕事終わりで雨の中ダッシュした日々を思い出させました。思い出すと雨の日が多かったけれど、さいごはからっと晴れる氷帝公演だったなあ。あの日、凱旋初日にね、もう気づけば9月で(いまは10月も半ばだけど)あっという間に彼らはここに帰ってきたんだなあって。

  まさに「凱旋」という文字が似合う堂々たる姿がうつくしかったです。凱旋の意味を、改めて実感した。


  PPでドリライ映像をみながら、ふるたくんが「遠い未来かと思ってた」と話した氷帝公演。さらっと言ったけれどやっぱり演じる人が言うと重みがすごくて、その一言が胸に突き刺さった。やっぱりふるたくんも、そう思ったのか〜〜って。その一言に財木さんが頷いていたのが、すごく心に残ったなあ。みんな優しい穏やかな顔で映像を見ていたなあ。そんな顔を見たら、すっごく遠くに彼は進んでいくんだって実感しちゃった。さみしいけど嬉しい、綺麗な顔だった。
  そういえば氷帝公演東京楽挨拶でも、まだ大千秋楽は先なんだからって内容だったっけ。ふるたくんがいう言葉ってどれも頭に残るものが多いな〜〜って思い出します。個人的にすきだなって思った言葉は、チケットをとる過程を語るお話です(インスタを見て納得をすることになる) ほんとそれ。
  実はその前日や昼公演でいろんな思いをして、チケットあるくせに帰ろうとしたんです。捨てようって駅に向かっていったんです。でもそんなんで見ないで後悔するのは自分だなって思い直して見て、魔法を肌で感じて、あの挨拶で。そういう過程を知っている人が演じてくれてよかったなあって心から思いました。

  あの公演が素晴らしかったからこそあまり言うべきじゃないのかもしれないけれどさ、関係者のマナー悪すぎるからせめて客席での飲食禁止と携帯電源オフくらい守ってほしいな〜〜〜って思っています。目の前でアナウンスしているのにね。やっぱり忘れられないので書いちゃったけど、時間とお金を使った先にしあわせの反対があるって本当に記憶に悪い意味で残ります。忘れたい〜〜〜!!!


  その一言を聞いて思い出した、多分1番悲しかったんだよねドリライ千秋楽が。今思っても「またね」はずるい〜〜!!!! ほんとずるすぎませんか、ふるたくん。
  BDで改めて見たときに、あれって現実だったんだねって思って泣きました。実はずーっと夢かと思ってた。思い出せば思い出すほど、現実だったのか分からなかった。いくら文字にしたって、都合のいいように記憶があるんじゃないか〜って自分を信じれなかったのかもしれない。
  だから映像を見る前に、そんなのなかったよって否定されるんじゃないかって怖さと、あんなしあわせな出来事が現実だったって事実の怖さがいっぺんにきた。でも、あの言葉はほんとうだった。紛れもない現実で、あの日みた景色はほんものだった。あの一言だって、現実だったよ。
  あの一言を、ふわっと纏う空気が変わったことを、あの青学の文字を背負う小さいのに大きい背中に感動して視界が涙で溢れぶわっと真っ白になったことも、気を失いそうになったことも、わたしはずーっと忘れないんだろうなあ。忘れないし、忘れたくないなあ。
  あんなに楽しかったのに悔しいほどさみしい感情が、まさに波のように押し寄せてきて、まっくらな夜の海の前で泣きながらもう会えないのかな〜って泣いて。思い返すとおかしな話だけど、あの時は本気で喪失感が大きすぎて次の日もだめだめだったなあ。でも本気だったんですよね、本気であの世界がすきなんだって。
  でも氷帝公演、まあ〜〜〜遠いでしょって。だって9月ってまだまだ先だよって。「またね」ってことは、また会えるんだよってフォロワーさんに言われて本当かなって不安になったりして。あのまま消えてしまう魔法のおわりように思えたんだよね。夢から醒めてしまうってこわさもあったんだよね。

  ほんとドリライはなんかもう全部が夢みたいだったね。でも夢じゃないんだよ、すごいよね。もっかいドリライ行きたいなあ。全力で青振りたいなあ。カラーチェンジしながら光とともに声援を送りたいなあ。


  でもそんな遠い未来かと思ったことも、もう過去になりました。早いなあ。もう一ヶ月たつんですよ、早いなあ。初日に「ひさしぶり」の一言で泣いてしまって、千秋楽で「ばいばい」でまた泣いて。今思えば泣いてばかりだった。すきな世界が、すきな人たちが、目の前にいるって涙が出るほどしあわせでかなしくて、輝いていたんです。
  ほんとうにいつも、楽しくて、うれしくて、かなしくて、さみしくて。いろんな感情が混ざり合って、わっと涙が溢れてしまって。
  でも、氷帝公演のなかで本気でさみしいって感情が強かったのは多分3日くらいだったんだなあって。ほかは純粋にたのしくてたまらなかった。でもなんかこう、突然さみしさの波がぐわっと高くなるだけで、実はずーっとさみしさはちゃぷちゃぷと漂っていました。でもその漂うものより、遥かに大きなしあわせを貰い続けたから笑顔で会場から出たんだよね。
  わたしが堪え切れなくて、しんどかったなあって思ったのは東京千秋楽、宮城初日、東京凱旋24日昼公演かなあって。ほかも泣いたりしんどかったけど、ここがつらかったなあって。あえて大千秋楽をいれないのは、しんどいなんて一言じゃ表せないからです。それにしんどかったけど、しあわせでもあったので除きます。
  東京公演千秋楽は、まさかあんな曲くると思っていなくて。サイドの席だったけれど、その分ステージが近いから涙が溢れるふるたくんをみて、めちゃくちゃさみしくなって。そもそもキャラクター以外が舞台にいるってはじめて認識したのがあの時だったから、キャラクターを演じてくれた彼らがキャラクターという概念を取り払ってそこにいるって、なんか衝撃的でした。だからこそ卒業を改めて意識したのかなあ。
  ほんと泣きながらさみしくなって、つらくて、帰り道をよく覚えていなくて。帰り際に会ったフォロワーさんと、涙止まんない〜て笑おうとしたけどかえって涙出てしまって。なんだか、あそこまで感情ってガタガタに揺さぶられるんだって、正直に思い返す。あの時は卒業に対して、もうその話やめてください状態っていうか。やだやださみしいって感情ばっかりに囚われて、あんな最高な公演なのにドバドバ泣いて、いろんな意味で申し訳ないなあって思い返すよ。
  宮城初日は、SQで9代目の発表があった日でした。だっていま目の前にリョーマや青学いるのにほかの名前出すかって思ったら、急にわたしの知るリョーマや青学に会いたくなってしまった。運良くチケットをお譲りして頂いて新幹線飛び乗って。本当にラッキーだった。宮城までの道のりは、思ったより近くて緊張していた。違う名前がでたから、何かが変わってしまうような気がしていたのかもしれない。
  でも良い意味で、何も変わらないんですよ。 「相変わらずだぜ、越前リョーマ」って歌詞に毎回ぐっときていたけど、この日なんでぐっときたのか分かった。だって私の知るリョーマはそこにいるから、相変わらずって言葉でちゃんとここにいるよーって改めて思えたんだと思う。そこにいるって、嬉しいことなんですよね。知っている存在が目の前にいて、輝いてて、改めて自分にとっての青学というものを考えたり。


  そして24日の昼。
  あの日はいままでで、1番センター寄りの席でした。ほんとうにお譲りして頂いた時、うれしかったなあ。座席はどこでも楽しいけど、1度でいいからリョーマを真正面に近い場所で見たかったってやっぱり思っちゃっていた。わがままだけど。いままでほとんど下手側だったから、また違う見え方があってわくわくした。たのしかったなあ。
  あの日も試合は白熱して、どれも素晴らしくて。ぼんやりと、わたしにとっての青学ってやっぱり彼らで、はじめて見た彼らがこんなにもきらきらとうつくしくて、強くて、原作の白と黒の世界から飛び出してきた人たちで、やっぱりかっこいいなあって。心の底から思ったらなんか目頭が熱くなっていました。あとちょっとしか見れないけれど、彼らと出会えてよかったなあって真面目に思いました。
  でもね明日でもう見れないって思ったら、ほんとうにさみしかったんですよね。そんな気持ちのまま見て、聞いて。終盤にかけてちょっと涙声になったり、ぐっと涙をこらえる顔をしているひとがいてしんどくなったり。
  tomorrow for〜で、手塚がみんなに声をかけて。その背中をみる目線がみんな優しくて、あたたかかった。凱旋で思っていたけれど、いつも涙の薄い膜があるのか瞳がきらきらしていたの、菊丸だったなあって。わたしがみた感想だけど、そう思っていた。リョーマは試合後だから汗が輪郭を伝い落ちるのをみて、汗か涙がわからないなって思ったりした。
  明るい曲なのに、どこかさみしかったなあ。

 

  さいごのバラードで、この日。ふるたくんが片手で顔を覆って泣いた時。ずっとずっと我慢して、こらえていた涙があふれてしまっていた。なんだか東京楽みたいだったね。笑おうとしたり、堪えようとしたり、でも感情を抑え切れず涙を流す姿に思わず泣いてしまっていた。
  あの日涙声っぽい人が多かったからかもしれないなあ。ふるたくんはこの曲を笑顔で歌い切るときはすっごく眩しいくらいなのに、涙するとほんとうに悲しそうっていうか、なんだろなあ……。でも涙を見せないように堪える姿を見てきたから、この日涙がぼろっと目から零れ落ちたときに色んな感情がわたしのなかでも溢れてしまったっけ。

  でもこの日の夜に、涙を見せることなくきらきらとした笑顔で歌う姿を見て。
  あーそっか、卒業ってこういうことなんだなーとか。今更だし当たり前なんですけど、この時はじめて彼らは先へ行くんだってやっと理解したというか。じゃあ明日もきらきらな笑顔で終わればいいなあって、真夜中の道を電話しながら帰りました。凱旋期間夜にめっちゃ電話かけて友人にはお世話になりました。この日になってやっと、じゃあお別れなんだねって、明日どうなるんだろうねって話をしたっけ。実感したら、あーーーせめて晴れてほしい、笑ってほしい、泣かないでって感情でいっぱいになりました。ラインとかでやけにセンチメンタルになって、どうしようもないわたしに構ってくれて本当に感謝しかない……。
  だからライン読み返すと面白いなって思っています。川上くんゲストの時大混乱で誤字ばっかりだったね。あの日の夜に山吹のみんながうわーーー!?ってなってるのをみて、みんな笑ったり泣いたりで、ほんとうにしあわせな空間だったね。忙しいなか駆け付けてくれてありがとうって感謝しかない。


  大千秋楽の日は、それまでの雨空が嘘のように晴れていて、あれっ夏みたい!って驚いて。じわじわ暑くて、まるで月日が巻き戻って東京公演に戻ったみたいって思いました。そんなことないのにね。
  昼公演、さいごに青学のメンバーが次々と技を決めて会場がわーーーー!!!ってなったね。アクロバットってめちゃくちゃ難しいだろうし、それをあっさりとする彼らに驚きました。
  ただ財木さんが、笑いながらやらないよって顔でぺこってお辞儀して。あんなにこにこしてる所、挨拶でもなかった気がするからすごく可愛らしい笑顔だと思いました。ずっと前に真顔だと怖く見えるみたいな話があったきがするんですけど、やっぱ笑顔だとふにゃっとしてすてきですよね。手塚じゃなく、財木さんの笑顔だなーって。そのあと技を決めたふるたくんをみて、次の舞台をぼんやりと考えたり。みんなすごかったなあ。
  この昼公演、涙ぐむこともなくて。なんか目に焼き付けないとって思いでいっぱいで、ただただ見続けて。さいごのアクロバットで笑って、あれ? 涙出てない、すごく楽しい!!って思って。いやずーーーっと楽しかったんですけど、やっぱりどこかしらでうっすら涙が浮かぶことがあったのでこんな笑って終われて最高に楽しくて。会う人に「あれ!?泣いてない!」って笑われたり、驚かれたりして。
  なんかさいごのさいごに吹っ切れていたのかもなあって思います。


  大千秋楽はねーーーーーすごかったですよね。この座席はなんの縁か、不動峰の大千秋楽とほぼ同じ席でした。まるではじまりと終わりみたいだなあ。

  あの時といまのわたしじゃ、色んな事が変わってしまったけれど、それでも観るときの姿勢もこころも変わってないなって思いました。すきを追いかけるってたのしいね。
  横に座ってるひとがずーーっと泣いてて、お話ししてわたしもうっかり泣いて、気づけば両隣の方とお話ししながらさみしいねって泣いて。でも見なくちゃって、焼き付けなくちゃって3人で泣いていました。
  もう前アナの時点で泣いてるし、みんなかっこいいなーって。やっぱり長い期間見れば見るほど、別れってさみしくなるんだろうなあ。わたしよりずっと彼らを追っていた人のさみしさは、きっと深いものなんだろうなあと改めて考えます。やっぱりお別れってさみしいね。

  1幕あっという間で、2幕もあっという間で。あれ!?って、お隣の方と嘘でしょって話して。こんなあっという間なの!?って。
 

  そして3幕で、一騎打ち。
あれに関しては、PPで三浦くんと財木さんが話したことが全てなんだろうなって思っています。ただ、一歩間違えれば大怪我に繋がることで、あの光景を見て指先からさーーーって血の気が引いて、なんで止めないのかって怖くて。ただただぞっとしてしまって、はやく止めてくれてって思って怖かったです。
  でもそれ以上に、三浦くんや財木さんをはじめキャストの皆さんの心情は計り知れないし、きっと怖い思いや悲しい思いや悔しい思いをしたんじゃないかなって勝手に思っています。
  それをPPでふるたくんがタブーにせず、自分たちがやった事(続けたこと)としてきちんと話す姿がすべてなのかなって感じました。ふるたくんの意見だったけど8代目全員の意見のようにも思えた。ひとりの声を全体の意見とするのはよくないかもだけど、話す様子をみてすとんと納得しました。映像はどうなるか分かりませんが、彼らが続けた事をなかったことにはしたくないし、でも原作を考えると……とかね。
  だからこそPPで、三浦くんすごく勇気がいる告白をして、それに対して財木さんが自分で〜とか技で〜って発言をして(財木さんが言うから、そっかそうなんだなって納得したしそう言う事なんだねって)ふるたくんが場の空気を軽くしてくれて。ほんとうにほんとうに、あの場にいてステージに立った皆様お疲れ様でした。

 

  三浦くん、あまりにも背負うものが大きくて重くて、だからこそあの時間で語った言葉ひとつひとつが胸にずっしりきました。
  三浦くんは氷帝の名を背負う跡部というプレッシャーもあっただろうし、ずっと青学を背負っていた手塚と戦うことでどれほどの努力をしたのかと思っています。ほんとうに素敵な跡部をみせてくれて、そしてたまに原作カラーに見えるくらいかっこよくて、本当に素敵でした。
  PPで喋ると三浦くんも、あっ普通の男の子なんだなって部分が見えたりして、氷帝が思った以上にお笑い集団みたいだったりして。どんどん笑いで会場がいっぱいになって、すっごくたのしかったなあ。
  これから氷帝は8代目からのバトンを受け取って走っていくんだって再認識して、彼らがもっともっと強くなって氷帝を背負うのを応援していきたいと思いました。ほんとうに楽しみです。
  だから沢山の意味を込めて、お疲れ様でしたと思っています。ほんとうに、色々な思いがあると思いますが、それは彼らの感情だからファンの臆測でどうこう言えるものじゃないなって思うので、長々と書いてしまいましたがおわります。


  リョーマvs日吉すごかったよね。
  ほんとうにベストテンションって歌、だいすきだなあって。きらきらと輝いていて、ほんと越前リョーマかっこいいなーーーって。今だからこそ思うんですが、わたしはふるたくんをずっと「王子様の過程の少年」のように感じていたのにこの公演で彼は完璧に「テニスの王子様」になっていたんだなあって。もうプリンスオブテニスって言葉がぴたーーって当てはまってしまうかっこよさだった。
  わたしは彼のお陰で改めて、越前リョーマのかっこよさを再認識できて、やっぱり彼がこの世界の中心なんだと思ってただただ魅了され続けていました。かっこよかったなあ。
  きっとそれってふるたくん自身の努力や歌声や演技があって、はじめてみたリョーマであると同時に、同い年のリョーマだからなのかもって思っています。偶然にも、わたしはリョーマを演じたふるたくんと同い年で、だからこそ1年生の堀尾たちに近い目線を素直に彼に向けられました。原作と出会った頃と、似た視点で舞台を見続けたんだなあ。

  でも役者であるふるたくんとリョーマを、同一視しているわけではありません。彼らはそれぞれ別だと思っているし、なによりふるたくんって俳優が必死に演じた越前リョーマはめちゃくちゃかっこよくて特別だな〜〜〜ってつい思っちゃうから、ちょっとだけそれを書きます。
  確かに同級生でレギュラージャージ着て、強敵を倒して上に行く彼の姿ってめちゃくちゃかっこいいんですよね。トリオである彼らが、リョーマに対する動きひとつひとつが大好きです。応援に力が入るにも、すっごくわかるなあ。テニミュはトリオがより輝いてたのしい!


  そう思うと、ほんとうに良いタイミングでわたしはテニミュやはじめての青学やリョーマに出会えたんだなあって思います。だってリョーマと同い年ってもうないだろうから。

  原作を読むたびに年上だった彼らがあっという間に年下になって、わたしも大人になっていくって思っていたのに、不思議なことに同い年のリョーマがいるから会場にいる時間はなんだか中学生とか原作を読んでいた頃に戻るようでした。なんだかそれってすごくしあわせで、貴重な時間を過ごしたなあと思っています。原作を読んだ頃に同い年を経験したリョーマと、また同い年になれたようでしあわせでした。
  同い年を強調したけど、舞台にいるリョーマは紛れもなく中学1年生なので役者の年齢を見出しているのではないです。この感覚?って言葉にすると難しいね。でもすっっごくしあわせだったし、同級生になるのは人生で2度目でほんとうに嬉しかったなあ〜〜みたいな感じです。むずかしい。


  ほんとうは、青学だけじゃなく全員にどこがよかった、ここがすきって伝えたいくらいで。時間がかかっていますが、お手紙を少しずつ書いています。彼らに感謝を伝えるのは手紙以外に思いつかないので頑張ってまとめています。
  ファンレターって結局は自己満足で、読まれるかなんてわかりませんが、それしかわたしは彼らにありがとうを言う場所を知らないから(イベントなどを除いて)彼らが俳優をやっている今だからこそ、お手紙を綴りたいと思っています。


  そういえば。
  終盤で泣かないと言ったのに、ひとりひとりの挨拶で泣いてしまう姿をみて、あーーーって。
  そしてさいごに、鳴り止まない拍手の中で出てきた時にね、あの時わたしは泣きすぎて頭が痛くて、またひょこっとこちら側の世界に現れてくれて、夢みたいだなあ〜〜っておもって。
  たくさん「ありがとうございました」って手を振る姿はふるたくんだったけど、空気が急に変わった。体がざわついて、息を呑んだ。ああこれ知ってる、ドリライの最後の時とおなじだ!!って思ったら、これがリョーマをみるさいごだ!!って気づいて、呼吸を忘れてその姿を両目に入れました。
  「ばいばい」と、一言告げて向こうの世界に戻った時に、ああ魔法が終わったんだって、ただただ実感しました。あの時間、たったちょっとの時間、そこにふるたくんはいなくて、でも越前リョーマがそこにいたんだって、その事実がわたしの頭を強く強く殴るような衝撃だった。
  ずっとずっとかかっていた、長い長い夢からさめるような。魔法をかけられたのに、それを強制的に解かれてしまったようでした。いやもう涙出て止まらなくて、ハンカチで必死に抑えて。しあわせとかなしさがいっぺんにやってきて、さみしかった。

  でも、外に出るまでに「さみしい」って感情がぼろぼろと涙と一緒に体から抜け落ちて行くようでした。
  以前はてなブログで2.5に恋をしたり、3rd観月に恋をしたってブログを読んだけれど、きっとわたしもそれだったんだろうなあ。今だからぼや〜っと思うけど、紛れもなく恋心に似ていたんだろうなあ。
  だからその感情もちょっとだけ涙と一緒に流れて、気持ちが軽くなった気がした。気がしただけだけどね。
  勿論さみしいけれど、でも「ばいばい」って言われたから、じゃあわたしもその言葉を返さなくちゃいけないねって。ばいばいって。


  次の日の朝、あまりにも清々しい朝で、思ったより引きずっていない、大丈夫って思っていたのにインスタ投稿で涙ぼろぼろでるし、キャストのブログひとつひとつに色んな思いがあって泣きました。
  さみしいなって。
  でもやっと、彼らはいないとなんとなく分かり始めて、次の舞台のチケット先行申し込みながら、役者として長く居続けてくれたらしあわせだなあと思いました。これまでもらった幸せを、ほんの少しずつですがチケットなどで返せていければいいなあ。ほんと微力ですけれど、夢へと走る背中を押すそよ風程度(すらなれないかもだけど)になれたらと思います。
  ただ今後みなさんは具体的にどうなりたい、どんな目標があるんだろうってはやっぱり思っている。夢ってなんだろうとも。でもその人にとっての夢やしあわせを掴めるように、願っていますし応援しています。がんばれ。


  あとやっとその時に、9代目をフォローできた。

  8代目は8代目の記憶を大切にしたいからこそ、彼らがバトンを託したみらいを見たいと思いました。
  財木さんが挨拶で登山じゃなくリレーにしたのは話題性もだけど、登山は登ったら降りるしかないから、次に繋げられる競技としてリレーのお話ししたのかな〜って勝手に思っています。
  そして、青学と山吹が託したバトンを受け取った氷帝が、次の青学と六角とともに走り抜けることを心から応援しています。


  長い時間とともに激しい感情の波も穏やかになりました。ゆっくりゆっくり、彼らのみらいを考えているほどです。
  微力ながら、応援をしたいと思える方達と出会えて本当に嬉しいです。そして、たくさんの夢を見せてくれてありがとうって気持ちでいっぱいです。


  お手紙に感情をぶつけたから、ブログにすることも出来ずに長い時間をかけてだらだらと書いてしまった。
  でも卒業って、つらいわけじゃないんだって思いました。さみしいけど、つらくはないです。きっとそれは、全部の終わりに「ばいばい」出来たからだと思っています。ここでお別れってハッキリと言われたから、そしてたくさんの笑顔をもらったから、さみしいけどつらくはないです。


  ただテニミュと出会ってしまったせいで、青学やリョーマのいない世界ってすっっごくさみしく感じるようになってしまいました。
  もちろん彼らは原作にいるから、いつだって彼らの試合をみることも、その世界に浸ることは出来ます。ありがたいことに新テニ連載中だから、わたしはいま彼らの活躍を追うことができる。先生が描く世界のみらいをみたくて、わたしは生きているんだなってテニフェスで実感しました。生かされている……。
  それでも現実にいるって証明してくれる時間って、ほんとうに夢みたいなんです。ずっとずっと大好きなひとたちを、その世界を、生で見れるってすごくしあわせです。
  8代目がわたしにくれた物は大きすぎて、それらの思い出は全部が大切なものです。
  だからこそ、彼らが託したみらいを見たいし、その先にいる青学のメンバーをはやくみたいです。
  ばいばいした先にいる、青学。
  キャストは卒業したってキャラクターは変わらずにいる。この言葉の重みを今になってようやく理解しています。ほんと過去の自分ばかだなあ、みらいでこんな風に苦しむようになるって思ってもいないんだろうなあ。もうすっごく苦しいよって過去の自分に言ったってわからない事を、いまわたしは体験している。ほんとうに色んな事を受け取って学んでばかりです。
  新しいといいつつも何も本質は変わらないし、わたしが舞台に望むただただ原作の世界を守ってほしいってことも変わらない。
  でも8代目をこんなにもすきになったように、きっと9代目だってすきになるだろうし、またわたしは双眼鏡を覗き込んだり涙を流したりするんだと思います。
  会うのを心から、楽しみにしています。
  テニスコートで待っている。


  感じるさみしさも色んなものも抱えて、六角戦に、みらいに行きます。
  こんな風に、色んな感情を抱かせてくれてありがとう。遅くなりましたが、ほんとうにお疲れ様でした。
  わたしにとっての初代である8代目は、ここまで書いてあれだけど決して良い思い出ばかりではなかった。全部が全部本当かは分からないけれど、色んなことがあったね。でも、それでも氷帝公演素晴らしかった。うつくしかった。それぞれが闘志を燃やす姿をみれて、ああやっぱり出会ってよかったって心から思いました。あんなに会場まで行ったのは人生ではじめてです。すきって自信を持って言える存在が増えたって、ほんとうに嬉しいんだよ。ありがとう。色んな思い出をありがとう。
  そしてこれから知るであろう色々な面を楽しみにしています。
  ばいばいって、大きく手を振って彼らが飛び立つ大空をみ続けたいと思います。時には荒れるでしょうが、きっとさいごは大千秋楽の様なうつくしい青空になる事を祈って。

 

  ばいばい、8代目青学のみなさん
  ばいばい、わたしにとってはじめて出会った青学
  ばいばい、越前リョーマ


  みらいで、またコートで、TDCで待っているよ。