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チケットを握りしめて

元アンチが3rdテニミュドハマりして今に至ります

やっぱりさみしいってはなし

  今日は、お披露目がある。

  新しい青学、9代目のお披露目だ。
  運良く参加できることになったのですが、ちょっと前から8代目の卒業に向けた感情が溢れてしまってどうしようもないので、文字にしている。
  きっとこれいましか言えないから。終わったあと、泣いて笑って、たのしかったって言いそうだから。でもさみしさだってあって、ぐちゃぐちゃの感情でわたしは混乱してしまうだろうから。朝のうちに、さみしいってシンプルな感情だけ文字に残す。

 

  前回の記事で、なんと名前を出して読んだよって記事を書いてくださった方がいた。すごく嬉しかった。お別れうまくできないって内容だったけど、正直なはなし共感しちゃって、しんみりしていました。
  あの時は、ばいばいってちゃんと出来てます〜さみしいけどつらくないよ〜って書いたけど、コメントやPPレポ見て涙ボロボロ出てやっぱしんどい、つらい、むりって友人にLINEを送っています。ちょっと前の自分といまの自分では気持ちの変わりようが激しいのかもしれない、今更だけど。

 

  だって「未練はあります」って言われるなんて、思わなかったんです。
  思わずその文字を見た瞬間にぼたぼた涙が落ちて、コメントを他の人読めなくなっちゃって。なんだよそれって、悲しくてつらくて、悔しくなった。だって悔いはないんじゃないのかって、そう思ってしまったから。きっと公演自体にはないのだろうけど、みらいにあるのかなあ。本人がちょっとでも、この先を演じたかったという気持ちがあるのなら、この卒業への悔しさがぶり返してしまう。
  卒業発表されたときに、悲しくてつらくて、悔しかった。全国までいってほしいって、願ってたから。リョーマvs幸村 すっごくみたかった。古田くんのリョーマで見たかったんです。もう悲しさのあまり、泣きながらむりむりって思ってました。今になってあの時のわたしが引っ張り出されたようで、いま朝を迎えて、朝が来てしまったってしんどさもあります。

 

  わたしはふるたくんのリョーマがすっごく大好きなので、ある意味区切りをつけられたのはPPでした。まさかことりちゃんになってると思わなかったし、一瞬誰かわからなくて頭殴られたみたいにぼやーってしちゃって、ちょっと時間をおいてから古田くんなんだなって認識した。ことりちゃん似合ってた。かわいかったです。
  1日目は黒髪だったから、どこかで引きずっていて、2日目でもういないよって本人から言葉にしなくても言われているようでただただ受け入れるしかなかった。丁度2日目で新しいビジュアルが公開されて、まさにリョーマが入れ替わったようだった。

  だって受け入れないと直視できないから。まっすぐ見て、段々と似合うなとか色んなこと思って、やっと古田くんは卒業したんだなあって思った。
  同一視していないはずなのに、1日目のNW踊るときにリョーマに見えて泣いてしまったけれど、2日目でやっとそこにいるのは俳優の古田一紀くんなんだなって思って改めて泣いた。
  あの瞬間に、あの時間に、わたしは越前リョーマの面影を探すのをやめたんだと思っていました。

 

  それから、次の舞台のチア男子のSNSをみて次はカズになっているなあって思ったり、チア楽しみだなあって思ったり、ある意味リョーマを考えないようにしていました。逃げです。
  けれどコメントでやりたかった試合があるって言葉とか、未練とか、そこばかり頭に残ってしまってさみしくなってしまった。改めて今までのパンフやアルバムや雑誌を読み返したら、眠れなかった。
  お披露目の前になって、わたしは改めてはじめて見た越前リョーマを考え始めてしまった。原作ではなく、現実で出会ったはじめてのリョーマのことだ。もう、色んな思い出が蘇って、さみしくなってたまらない。

 

  いまも正直、幕の向こう側に彼らがいる気がする。わたしがはじめて見た青学。
   「ひさしぶり」って、また笑ってくれそうな気がする。またあの背中を見れる気がする。ばいばいなんてなかったことにしたい。そう思ってしまった。

  けれど彼らはいないよって理解する自分もいて、でも青学がいない世界は本当にさみしい。彼らを追った短い季節は、わたしに大きな感動と一緒に同じくらいのさみしさを与えてしまった。いないってさみしい。

  大好きな彼らが描きたかったみらいを託した相手が、あと数時間もすればわたしの前に現れる。きっとまた、魔法を味わう。
  わたし、どうなるんだろ。わたしは彼ら以外の青学を知らないから、うまく切り替えられるのだろうか。
  キャストは変わってもキャラクターは変わらないってわかっている。わかっているけど、その理解とさみしさは別だから。やっぱりさみしいなーーーーーって思っちゃいます。

  でも不思議と不安感はなくて、だってあんなに信じていた彼らが託したバトンだから、みらいだから、不安はないんです。大丈夫きっとかっこいいって、今から思う自分もいる。
  でも爆発したさみしさは抑えようがなくて、ただただどうしようもない。
  リョーマと会いたいのに、その会いたいという感情を向ける相手はもういない人を指すから難しい。


  きっと原作と同じくらいにかっこいいリョーマが、いまも生まれる時を待っている。たくさんの期待と不安の眼差しの先でにやりと笑うはずだ。
  その笑みを見て、わたしはきっとまた好きになる。きっと、またリョーマを好きになる。そう思ったら、余計にしんどくなってさみしくなって、考えがまとまらない。


  まさか前日にぶり返して、朝まで引きずるとは思っていませんでした。
  ばいばいと言われてさみしくてつらい感情を誤魔化していたのに、その薄っぺらい皮を容赦なく剥がされてしまった。丸裸のこころはさみしさで満ちていて、めそめそと泣いてばかりで、この日がくるのほんっっとうに怖くて。

  でも、新しく生まれる青学の彼らはもっともっと怖いはずなんだろうなあって勝手に思います。
  理想をぐいぐい押し付けるような気持ちは持ちたくないけれど、さみしさが強くてどうしても複雑なこころで行くから、ちょっとトゲトゲした気持ちだってある。勿論歓迎する気持ちだってちゃんとある。けれど、正直どう会えばいいのかわからないのだ。客席で、ただただ泣いてしまいそうだ。
  きっと怖いだろうし、いまも緊張しているはずなんだろうなあ。
  わたしに出来るのは大きな拍手くらいしかないから、きっと感動する魔法を味わって大きく拍手を送るんだと思う。

  さみしいけれど、新しく生まれる青学たちがすてきな門出を迎えられるように、すこしでも楽しかった、よかったってほっとしてくれたら嬉しいなと思う。そんな日になればいいな。

  朝から冷たい雨ですが、きっと晴れることを祈って。